ある夏のMapleStory

 わたしが中学生の頃、クラスでMapleStoryというオンラインゲームが流行っていました。
 当時からゲームが大好きだったわたしは、お友達が楽しそうに遊んでいる様子を見て自分も遊んでみたいと思い、MapleStoryを始めました。
 

 MapleStoryは昔からあるMMORPG(大人数で同時に遊ぶRPG)の1つです。

 2Dのアクションゲームで、戦士や魔法使い、弓使いといった職業にそれぞれ就いて、モンスターを倒してレベルを上げ、ドロップ(戦利品)を売ってお金を稼ぎ、強い武器や防具を買って……という感じでした。
 世界中の人が同時に遊んでおり、ドロップの売買についてゲーム内の金銭でやり取りをしたり、狩場(モンスターを狩るのに効率のいい場所)を共有したり譲り合ったり取り合ったり、みんなで一緒に強大なボスに挑んだりと、色々なことができるゲームでした。

 戦士、魔法使い、弓使い、盗賊などから好きな職業を選べるMapleStory。
 わたしはクレリックになりました。
 クレリックは魔法使いの一種で、攻撃よりも味方の回復や支援を得意とする聖職者です。
 ただ、経験値分配等のシステム上、クレリックは他人と一緒にモンスターを狩るのに向いていない(クレリックをパーティに入れると経験値効率が落ちる)ほか、回復魔法でダメージを与えられるアンデッド系しかまともに狩れないと、割としんどい職業でもありました。よく「マゾい」と表現されていましたね。
 ですが、それでもMapleStoryは楽しかったのです。
 何時間もモンスターを狩り続けてレベルを上げることが楽しいか? そんなのは大して楽しくありません。
 ただ、学校の友達と喋りながらモンスターを狩ったり、アイテムをやり取りしたり、行ったことのないダンジョンに一緒に挑んだりと、学校の外で同じ時間と話題と世界を共有できるというのが、とっても幸せで、満たされる時間でした。
 MMORPGはただのゲームですが、何時間も黙々と狩りをして経験値を上げたり、その過程でモンスターが落としたアイテムを売って自分の装備や薬を買い集めたり、変動する相場を見ながら売買でゲーム内の金銭を稼いだりと、ゲームの中に人間がいて、世界があって、経済が動いていました。
 なので、没入感がすごかったんです。わたしは当時、現実世界の中学生でありながら、MapleStory世界の魔法使いでした。

 そして、ある夏休みのこと。
 わたしはキャラクターを作り直しました。
 理由はいくつかありますが、一番大きいのは最初に作ったキャラクターの名前や見た目が好きじゃなかったことです。最初なので試しにと適当に作ってみて、それがレベル30を超えてしまったんですが、これだけ打ち込むのならもっと名前や見た目にこだわろう、と思いました。
 レベル10で魔法使いに、レベル30でクレリックになったわたしは、過去を捨て、レベル1の初心者として生まれ変わりました。
 しかし、クラスのお友達は似たような時期に始めているので、レベル30台だったり40台だったりして、レベル1桁の人なんてもういませんでした。レベル30台の友達が竜(ドレイク)を狩っているのを遠目に見ながら、わたしはカタツムリを棒切れでつついて狩りをしていました。しかもそれは、わたしが既に通りすぎた道をなぞっていく、色あせたリプレイだったのです。

 かくして。
 周回遅れのわたしが追いつくための夏休みが始まりました。
 ですが、並の勢いでは追いつけません。わたしだけリスタートしたんですから、同じ速さで歩いていては永遠に追いつくことができないんです。レベルが違ってもお話はできますが、未知のダンジョンに一緒に冒険することは難しいんです。足手まといになってしまいますしね。
 しかし、わたしがキャラクターの作り直しをしたのは、ちょうど夏休みでした。毎日がお休みですから、その気になれば凄まじい勢いの追い上げが可能です。もちろん友達だって多めに狩っているでしょうけど、伸びしろは大きく、やりようがありました。
 ……といっても、起きている間ずっと狩り続けたとか、そういったことはありませんでした。
 友達との間では「せっかく夏休みなのに、めいぽ(MapleStoryのこと)ばかりしているのはダサい」という風潮がありました。真っ当な価値観です。わたしもそれには反駁しづらかったですし、「たしかに……」とも思ってしまったので、おはようからおやすみまで狩り続けるのはやめました。存外素直なわたしです。

 ですが、追いつく必要はありました。話題や狩場を共有するために。

 そのため、わたしは作戦を立てました。「ダサい中学生」にならないために、日常生活を送りつつ、しかし友達のレベルに追いすがる方法を。
 それが、「朝と夜にすごい狩る作戦」です。
 わたしは6時に起きて4時間狩り、10時から20時まで日常生活を営み、20時から24時まで4時間狩り、6時間寝ることにしました。
 1日8時間狩りつつ、お昼から夜にかけて日常生活を営む真人間となり、睡眠時間も確保する。
 取得経験値を倍にする「サクサクチケット」(サクチケ)も使いました。1ヵ月1000円の課金商品で、指定の4時間だけ経験値を倍にしてくれます。友達の間では邪道とされていたチケットですが、「時は金なりでしょ」と思ったわたしは、ひそかにサクサクしていたのです。まぁ、サクチケは邪道という風潮があったから言い出せなかっただけで、他にもサクサクしている人はいたと思いますが……
 この作戦により、わたしはすごいスピードで友達に追いつきました。平均的な友達が1日3時間狩ったとして、わたしは8時間、しかもサクチケを使っているので16時間狩ったも同然で、日に5倍は狩ってる計算になりますからね。いくらレベルの上がりが遅いMMORPGといえど、遅くとも夏休み1ヵ月の間には追いついたと記憶しています。
 わたしには危うく「めいぽ廃人」の烙印が押されかけましたが、「いやいや、日常生活もちゃんと営んでたよ?朝と夜狩っただけ」と弁明することで、事なきを得た……かどうかは分かりません。まぁ、わたしが逆の立場なら、ようやるわと思うでしょうしね。
 そして、夏休みが終わる頃、友達と同レベル帯に戻ったわたしは、友達と話題や狩場を共有……できたかは微妙なところです。
 まぁ、前述の通り、クレリックはアンデッド系しかまともに狩れないうえ、パーティ狩りでもお呼びでないので、みんながドラゴンやゴーレムやミノタウロスを狩っている間、ひたすら布きれの幽霊やサルの亡霊やゾンビを狩っていましたし、言うほど狩場を共有してなかったのです。
 わたし、スターフィクシやルナフィクシを狩りたかったです。どんな職業なら狩れたんでしょう? もう分かりません。わたしはクレリックしかやってませんでしたし、今は無限にアップデートされて、もうフィクシなんて狩っている人はいないでしょうから。

fixy
 スターフィクシです。かわいい。
 おばけっぽいですが、アンデッドではないのでヒールが効きません。アンデッドであってほしかった……
 そんなMapleStoryなのですが、やがて終わりを迎えました。
 サービス終了ではありません。わたしたちの間で終わったのです。
 まぁ、中学生なんて飽きっぽいものですからね。そもそも進学校だったこともあり、勉強が忙しくなるにつれて、一人また一人と離脱していきました。わたしはけっこう粘りましたが、結局のところ高校に上がる頃には引退してしまいました。1年は遊んだと思いますが、3年は遊んでないでしょうね。
 その後、友達とMapleStoryの話をすると、「時間を無駄にした」という意見をけっこう聞きました。
 まぁ間違いないですね。わたしも同意見です。
 いえ、MMORPGの世界は楽しかったんですよ。わたしはただの中学生ではなく、魔法使いになれました。かび臭い、しけた敵ばかり狩っていましたが、わたしはあの瞬間、退屈な現実とは違う異世界に生きていました。
 対戦ゲームのただのオンライン対戦とは違うあの感じ、あれを味わえたのはよかったと思っています。MMOからしか摂れない栄養素、みたいなものがあると思います。無駄な時間を過ごしたと断じた友達も、きっとそこは同意してくれるんじゃないかと、わたしは信じています。
 ただ。
 ただ、代償が大きすぎたとは思います。
 中学生の、1日8時間。それがあれば、他に何ができたでしょうか?
 どうせ無為に過ごしてたよ、と思わなくもありません。でも、きっと違うことができました。他の思い出が作れました。何か新しいことができたかもしれません。ただの妄想です。やろうと思えばできたこと。どうせやらなかったでしょう。逃した魚は大きい。それだけ。それだけのはずです。それだけのはずなのに。
 ……というのが、わたしのある夏の思い出です。
 あまりというか全くというか、季節感がないうえ、なんかちょっと暗い締め方になりましたけども。
 まぁ、「いま思えば、MapleStoryをしない人生もありえたかな」と思ったくらいで、別に大して後悔はしてませんけどね。MapleStoryを始めたことで知り合った友達もいましたし。そもそも流行ってましたから、やらなければやらないで疎外感も大いにあったでしょう。やるべくしてやりました。分かってるんですけどね。
 それに、MapleStoryは楽しかったですよ。とっても。あの市場の活気、忘れられません。露店を開くプレイヤー、それをまわって買い物をするプレイヤー。わたしは露店許可証を持っていなかったので、戦利品のドロップは友達に代わりに売ってもらってました。その友達とは今でも時々話します。

 MapleStory、大好きなゲームでした。
 いつかまた、暇で暇で仕方のない時に、スターフィクシを狩りにいきたいな、と思っています。
 まぁ、わたしのクレリックのデータはもう消えているでしょうから、それももう叶わない願いですけどね。
 それでは、また。
 オルビスの雲の上で会いましょう。あるいは、エリニアの木の中で。

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