基本無料ゲームの課金者は敗北者なのか?



 きょうび、基本無料の人気ゲームはたくさんあります。
 原神、鳴潮、ポケポケ、ブルーアーカイブ、Magic: the Gathering Arena、Hearthstone、アークナイツ:エンドフィールド……等々。
 これらのゲームは基本無料ですが、いずれも大きな収益を上げています。
 無料で遊べるゲームながら、1本1万円の買い切り型ゲームよりも儲かっていたりするんですよね。


 しかしそこには、1円も課金せずに遊んでいるプレイヤーがいる一方、数十万円、数百万円を課金して遊んでいるプレイヤーも少なからずいます。そういうプレイヤーがいるからこそ、基本無料ゲームは今日隆盛を極めているといえるでしょう。
 同じゲームを遊んでいるにも関わらず、大量の課金をしてしまっている彼ら・彼女らは、射幸心を煽られて資産を垂れ流す敗北者なのでしょうか?
 ……という点について、本記事で考えてみたいと思います。


基本無料ゲームの課金者はせいぜい1割

 基本無料ゲームって、要はお金を払わなくても遊べる「フリーゲーム」です。
 お金を払った方が快適になるよ、というだけです。
 「そんなものに金を払う奴がどんだけいるんだよ?」という感じですが、まぁ、人は快適さのためにお金を払うものです。でなければ病院の個室も新幹線のグリーン車も、閑古鳥が鳴いていることでしょう。



 ただ、必要があれば使わないといけない病院や新幹線と違って、ゲームは娯楽であり、なくても生きていけるものです。
 なくても生きていけるものを、無料で利用できるにも関わらず、更にお金を費やして快適にしようと思う人がどれだけいるのか?という話ですが……
 これについてはデータがあって、基本無料ゲームの課金者はせいぜい1割かそれ以下のことが多いそうです。



 上記のデータを見ると、課金率や平均課金額はジャンルによって異なります。

 Hearthstoneのようなカードゲームは、課金率5-10%とやや高め、平均課金額も月12-30ドルと高めです。紙のTCG自体がけっこうお金のかかる趣味ですから、金払いのいいプレイヤーが多いのでしょうか。

 また、原神や鳴潮のようなRPGは課金率4-9%、平均課金額が月20-40ドルと更に高額です。欲しいキャラ目当てでガチャ課金をするとなるとだいぶ高くなりますからね。更に言うと上記の4-9%も、月パスのような少額課金だけする人と、ガチャで天井を叩くまで課金する人に二分される気がします。

 フォートナイトのようなバトルロイヤルは、課金率8-12%とかなり高いですが、平均課金額は月15-25ドルと比較的少額です。
 わたしはあまりこのジャンルをやらないので分かりませんが、月パスのような定額課金の有用性が高い一方、天井知らずの課金要素はあまり魅力的ではないのかもしれませんね。



 まぁいずれにせよ、基本無料ゲームの課金者は全体のせいぜい1割程度であり、大多数のプレイヤーは無課金でゲームを遊んでいるということになります。
 ならば、課金者というのは被搾取者であり、食われるだけのミジンコであり、敗北者なのでしょうか。



 それは違うと思います。
 ……というか、本当にそうだとしたら課金者がゲームを続ける理由はないので、家族を人質に取られて課金を強要され続けているわけでもない限り、ゲームを辞めてしまうでしょう。
 課金者は自ら望んで課金をしているわけです。病院の個室に入院し、新幹線のグリーン車に乗車するように。
 それを「愚か」と評する見方はあるでしょうけれど、少なくとも本人の中では辻褄が合っていなければ、課金しようとは思わないはずですね。
 


資産至上主義は主客転倒である

 お金は大事です。
 ……というのは、あえて言葉にするのもはばかられるくらいの自明の理です。「健康は大事」と同じくらい。
 でも、お金が大事な理由はなんでしょうか。
 それは、色んなものと交換できるリソースだからです。



 極端な話、無人島に1億円持っていったところで、何の助けにもなりません。
 他者との交流の中で、食料や住居や衣服といった物品と引き換えられるからこそ、お金には価値があります。
 つまり、お金は持っているだけでは意味がなく、価値あるものと引き換えることにこそ、その本質があるんです。お金を貯めるというのはとても大事なことですが、それはいずれ使うためであり、お金を貯めることそれ自体は究極の目標ではないはずです。



 昔から「あの世にお金は持っていけない」と言いますしね。独居老人が大往生の時に使いきれないほどの大金を持っていたら、それは壮大な「抱え落ち」でしょう。
 また、一般論として爪に人をともす生活をしてお金を貯めている人より、貯めたお金で豪華な旅行に行く人の方が羨ましがられますよね。



 お金を使わないのが賢明なんてことはありません。
 お金を有効活用するのが賢明であり、そのために必要な節制を行えることこそが賢明なんです。
 ……というのを、まずは前提として考えておきたいと思います。




課金はお金の有効活用なのか

 お金は大事だが、本当に大事なのはその使い道。
 ……が真だとした場合、「じゃあ基本無料ゲームに課金するのは、お金の有効活用なのか?」という疑問が浮かび上がってきます。
 人によっては「ただのデータにお金を払うなんて、無駄もいいところ。形になるものや後に残るものにお金を使うべき」と言うかもしれません。



 ただ、お金の使途はけっこうな割合が形にならず後に残らないものです。
 食事や旅行が最たるものですね。それらを通じて得られる経験や思い出や人間関係が後に残るだろう、と思うかもしれませんけれど、それはゲームも同じでしょう。
 わたしには「このゲームを遊んでいなければ知り合っていなかっただろう」という友人がいますし、大なり小なり皆さん同じではないでしょうか。



 また、わたしは最近友人と食事に行った時、自分の食べた分だけで1万円支払いましたが、1食で1万円がお金の有効活用かというと微妙な気もしています。1万円の食事が1000円の食事の10倍魅力的かといえば、そうでもないですしね。ただ、高額な食事をすることについて「愚かだ」とする向きはあまりありません。
 まぁ、わたしは1人で1食1万円以上のお店に行くことはあまりないので、食事そのものだけに支払っているわけではないんですが……それを加味しても客観的に見て「お金の有効活用か」というと微妙なところだと思いますね。
 いえ、別にわたしは後悔しているわけではないんです。ただ、「ゲームに課金するのと食事や旅行に課金するのって、そんなに違うかな?」と思うだけで。



 要するに、後に残る物品等ではなく「体験にお金を払うこと」に対する一律の否定というのは、非常に多くのお金の使途を否定するMAP兵器であり、妥当性はないのではないか、ということですね。
 もちろんこれは課金の有効性を肯定するものではないですが、少なくとも雑に否定できるものではないでしょう。
 本人が「これにはお金を払う価値がある」と思って払っているのなら、それは有効なお金の使い方ではないか、と。



 もちろん、本人が納得して払ったなら全ていい、というわけではありません。
 振り込め詐欺にお金を払ったお婆さんも、払った瞬間は納得して払ったのでしょう。しかし実態は詐欺だったので、後悔することになるわけですね。
 でも、支払った結果として後悔していないのなら、それはもう有効活用でいいんじゃないかな?と思います。払った結果として本人が満足しているのなら、それを否定するのって難しいと感じるんですよね。それが否定できるなら、かなり多くのお金の使途が否定できそうですから。




基本無料ゲームの課金者が、満足して課金する理由

 「本人が納得・満足して支払い、後悔もしていないなら、それはお金の有効活用である」が仮に真としましょう。
 だとしても、そもそも無料で遊べちまうゲームに喜んで課金するのはなぜなのか?という疑問が出てくる可能性はあると思います。
 ただ、無料で遊べるとしても少なくない人が課金をしたくなる構造になっていなければ基本無料ゲームの運営は成り立たないはずなので、これは基本無料ゲームを遊んだことのある人なら肌感覚で分かることだとは思いますね。



 「たかが1割の少数派だろ?」と思うかもしれませんが、実際のところ見た人の1割にお金を払わせるってハードル高いでしょう。
 そもそも、1割しか払ってないからその1割しか魅力を感じていないということはなく、残りの何割かも「魅力は感じたがお金を払うのをためらったので買わなかった」んですよね。
 わたしもRTX5090のグラフィックボードは欲しいですが、お金を払うのはためらわれたので買っていないだけです。もらえるなら喜んでもらいますし、持っている人には「いいなぁ」と思います。それと似たようなものではないでしょうか。



 そう思うのは、普遍的な「課金によって得られる物品の魅力」があるからです。
 端的に言えば、課金をすることで、よりそのゲームが面白くなります。
 上で挙げた例でいうと、課金率の比較的高いカードゲームについては、課金によって効率的にカードが収集できます。
 対戦型カードゲームの場合、持っているカードを使ってデッキを組みます。なので、カードをたくさん持っているということは、色んなデッキが組めるということです。色んなデッキが組める方が色んな戦い方ができて楽しいので、課金が楽しさに繋がるといえます。



 RPGも似たような感じです。
 ガチャという運要素でプレイアブルキャラクターが手に入るようになっていますが、このガチャはゲーム内マネーでも挑戦できるものの、キャラクター全てを手に入れようとすると無課金ではよほど運がよくない限り不可能です。色んなキャラクターが使える方が楽しいので、課金した方が楽しいということになります。
 また、凸を重ねたり強い武器を引いたりすると戦闘の難易度が下がるので、ゲーム内の難関戦闘コンテンツをクリアしやすくなったり、あるいは自分のお気に入りのキャラクターを活躍させやすくなったりします。そのために課金をするというプレイヤーもいます。



 「そんなことしなくたって、無料で遊べるだけでコスパ無限大で楽しいだろ?」と思うかもしれません。
 が、それは単純に錯誤です。
 寿命がある以上、お金がリソースなのと同様、時間もまたリソースだからです。
 つまらない時間を過ごすというのは、人生における損なんですよね。定命の者の時間は有限であり、限られた時間をなるべく多くの満足・幸福・快楽で満たすことが、人生の目標の1つだとわたしは思います。



 であれば、1の楽しさで110時間を過ごすより、課金して1.5の楽しさで100時間を過ごし、その課金の原資を手に入れるために10時間を費やした方がいいのではないか、というのが課金の考え方の1つだと思います。
 これは買い切りゲームや旅行も同じですよね。余暇時間をボーッと過ごすのも退屈なので、お金を払ってゲームを買ったり旅行したりしよう、そのためのお金は仕事で稼ごう、という。
 むしろ、頑なに「お金を払いたくない」という一心で時間あたりの楽しさを最大化しないことで、限りある人生を「あまり楽しくない時間」に費やしてしまうとしたら、それはむしろ損ともいえるのではないでしょうか。



 なお、お金を払うことだけが楽しみである、とは思いません。念のため。
 仕事が楽しいという方は、お金を稼ぎながら楽しんでいるわけですしね。
 ただ、楽しんで仕事をしている人だって余暇時間にはお金を払って娯楽を楽しんでいることがほとんどですから、お金を払って人生をより楽しくする、というのは普遍的なことだと思います。




まとめ

・基本無料ゲームに課金するプレイヤーはせいぜい全体の1割。

・無料で遊べちまうのに課金しているのは敗北者なのか?

・そもそもお金を絶対視するのはおかしい。お金それ自体は金属や紙切れでしかなく、その使途にこそ価値がある。

・課金がその有効な使途かといえば、強要されたり後悔したりしていない以上、本人にとっては少なくとも有効な使途のはずだし、本人が満足しているお金の使途を否定するのは難しいと思う。また「後に残らない体験に対してお金を払うこと」は食事や旅行などありふれており、それを一律に否定するのもまた難しい。

・課金するとゲームがより楽しくなりやすく、それが課金の理由になる。お金と同様、時間もまた有限のリソースなので、お金を使わないことに血道を上げたとしても、それによって時間あたりの楽しさが最大化できないのなら、結局のところ総合的にはお金を払った方が人生においては得だった、ということは十分考えられる。



 ……という感じです。
 まぁ、課金者は別に騙されたり脅されたりして課金をしているわけではないですから、「課金した方が楽しいし、そのための課金を割に合わないとは思わない」からこそ課金をしているという、ただそれだけの話ですね。
 もちろんその辺は課金者自身の可処分所得や可処分時間、課金によって得られる楽しさへの価値判断などで変動するので、一概に「これには課金すべき!」とかは言えないでしょう。


 たとえば「難関戦闘コンテンツを楽にクリアできる」というのをわたしはあまり魅力に感じなくて、「なぜお金を払ってイージーモードを……?」となってしまうんですが、大きな価値を感じる方もおられます。
 一方、わたしはキャラの衣装や武器の見た目が変わることに一定の魅力を感じますが、これに対して「キャラのステータスは変化しないのに、なぜ課金を……?」という方もおられるでしょう。


 まぁ……いずれにしても、基本無料ゲームはいい感じで遊んでいきたいですよね。
 自分にとって一番楽しくなるように、必要に応じて適度な課金をして。あるいはせずに。
 課金を全くしないことが必ずしも最適解ではないのと同じように、課金をすることもまた必ずしも最適解ではないですから。時給2000円の人なら2000円の課金は1時間の余暇時間喪失に繋がるともいえるわけですし、課金は計画的に行きましょう。これは自戒でもあります。
 「満足して課金し、後悔していないならそれはお金の有効活用」と書きましたが、わたしも普通に後悔している課金がありますからね。今では反省しています。今後もなるべく後悔しないようにやっていきたいと思います。



 それでは、また。