わたしは電車に乗っていました。
車両内は薄暗く、同じ車両に乗客は数人か、せいぜい10人前後の少人数でした。
座席に座っている人がいたかは忘れてしまいましたが、おそらく何人かは座っていたかと思います。扉の近くにもたれて立っている人は数人いました。
わたしも扉の近くでもたれて立っていましたが、電車が大きめに揺れたためか、ふらついたわたしは扉と扉の間の座席ぶんの距離をふらふらとよろめきつつ、1つ隣の扉の近くに背を置き、もたれて立ちました。
その前には疲れた様子の、くすんだ青灰色のコートかスーツを着た女性が立っていました。
突然ふらつきながら前に立ったわたしをちらりと一瞥したものの、それ以上の反応はなく、やがて間もなく電車は駅に停車すべく減速を始めました。
車窓から、駅名を示す看板が見えました。
一瞬だったのでよく分かりませんでしたが、「城の不趾」と書かれていたように見えました。
……そんな駅名、ある?
そもそも、ここはどこなのでしょうか。わたしは家に帰るために電車に乗っているのだと思っていましたが、知らない駅名が出てくるのだとしたら、乗る電車を間違えているのかもしれません。
そう思ったわたしは、停車後にすぐそばの扉から下車しました。
その際、わたしの体はふわりと浮かび上がり、浮遊した状態になりました。
地下鉄のホームは、やけに薄暗く感じました。
左右どちらに目をやっても果ては見えず、長い長いホームの先は暗闇に吸い込まれるかのようでした。
体感2~3メートルの高さをふわふわと浮かびながら、地上を歩くくらいに速度でわたしは前に移動しました。やや体が浮上しがちでした。
そして、地下鉄駅の看板を見ました。
そこには「城の不タゾ」と書かれていました。
やはり、見覚えのない駅名です。そもそも、そんな駅名があるのでしょうか。
ホームに視線を戻すと、和服姿の若い男女が歩いているのが見えました。下は小学生、上は20~30代くらいの印象でした。
人数は見える範囲で10人前後の少人数で、いずれもいま停車している電車の進行方向に向けて、三々五々に歩いていました。若い男女はどこか寂しげにも見えましたが、談笑している者もいるようでした。
和服の色は緑や青で、数人ごとの集団で歩いている男女は同じような色の和服を着ていました。
地下鉄のホームにぷかぷかと浮かんでいるわたしを見上げる者もいましたが、あまり深い興味を示す様子はありませんでした。
ふと、わたしはあることに思い至りました。
この電車は、あの世行きなのではないか、と。
なぜそう直感したのか、いま思い返すと正確には分かりませんが、地下鉄の駅名が現実のものとは思えないこと、眼下の人々がみな和装であること、一様に地下鉄の電車の進行方向へと進んでいること、暗くて果ての見えない不思議な地下鉄のホームであることから、そう感じたのだと思います。
宙に浮かびながら「あははは」と渇いた笑いを漏らすわたしに対して、和装の人たちは一瞥することこそあれど、さほど気にする様子もありませんでした。
さて。
ひとしきり笑った後、わたしは帰ることにしました。
地下鉄に乗ったままの人たちも、地下鉄の進行方向に歩いている人たちも、きっとこのままあの世に行くのでしょう。
ただ、わたしは和装ではありませんし、なぜか宙に浮かんでいますし、眼下で三々五々に歩く男女とはどこか違うのではないかと、そう感じました。
(注:ふわふわ浮かんでいるのはむしろ幽霊めいている気もしますが、わたし自身が夢の中で空を飛ぶことが多いせいか、そのことについてはあまり気になりませんでした)
わたしはしばらく眼下の男女をホーム上2~3メートルの高さ、彼らが手を伸ばしても届かないくらいの高さでふわふわと浮遊しながら彼らを見下ろしていました。
そして、彼らの進行方向と逆方向に、ホーム上を飛びながら移動し始めました。
薄明かりが照らすホームの、その数十メートル先は全くの暗闇です。
しかし、電車の進行方向が、和服の男女の進行方向が、わたしが背を向けている方向が「あの世」であるならば、その逆向きは「この世」であるはずでしょう?
わたしは相変わらず歩く程度の速度で前へと飛びながら、家路へとつきました。
目が覚めました。
わたしは空を飛ぶ夢をよく見ます。そして、そういう夢が好きです。
今回もその例に漏れず、大好きな夢でしたが……ちょっとホラー風?な夢でしたね。
夏の夜にぴったりといえるかもしれません。もう9月も下旬ですが、相変わらず最高気温は30℃前後ですからね。
それでは、あなたもよい夢を。
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