推しは卑劣な聖職者

 わたしの「推し」をご紹介します。
 彼の名は、アンドゥイン・リン聖職者(プリースト)です。
 ハースストーン(Hearthstone)というデジタルカードゲーム(DCG)に登場するキャラクターです。日本ではDCGといえばシャドウバースが人気ですが、ハースストーンも海外ではかなり人気があります。
 ただ、日本ではハースストーンはあまり人気がありません。原因は……いえ、見ていただいた方が早いでしょう。ご覧ください。

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 はい。
 一目瞭然とはこのことですね。ハースストーンのカードイラストは絶望的に日本人受けしないのです。占星術師ルナも、シャドウバースのルナちゃんと同じ名前ながらえらい違いですね。
 ゲーム自体は面白いんですが、デザインのバタ臭さという巨大な障壁のため、日本ではあまり流行らない悲しみのDCG、それがハースストーンです。
 そんなハースストーンに、とあるキャラクターがいます。
 のちにストームウィンドという人間の王国を率いる王様となる聖職者、彼の名は「アンドゥイン・リン」です。

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 彼がわたしの「推し」です。
 推す理由はいくつかありますが、まず見た目が(オークやゴブリンめいた怪物揃いのハースストーンの中ではまだ)線の細い好青年に見えます。ちなみに声もかっこよく、『転生したらスライムだった件』のヴェルドラ、『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』のクロコダイン、『原神』の鍾離などと同じ、前野智昭という声優さんだそうです。
 ハースストーンには「ヒーローパワー」という、11人の各ヒーロー(シャドウバースでいうリーダー)ごとに用意された特殊能力があります。1ターン1回、カードを消費せずにマナ(魔法の力)を消費して使えるものです。
 メイジ(正統派魔法使い)なら「キャラクター1体に1ダメージ」、ウォーロック(闇の魔法使い)なら「HPを2消費してカードを1枚引く」、そしてプリーストは「キャラクター1体を2回復」です。味方を守れる優しいヒーローですね。
 ハースストーン公式の販促動画でも「正義のヒーロープリースト」と書かれており、悪逆非道な悪魔や盗賊とは異なり、正々堂々、公明正大、正義の体現者のようなヒーローだと分かります。
 ……というのが、ぱっと見でのプリースト、アンドゥインのイメージです。
 ですが、その実態は大きく異なります。

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 アンドゥインは光と影の両方を操るヒーローです。
 このカードが象徴的ですね。このカードを使うと、アンドゥインは「光は僕を裏切った…!」と言って闇落ちし、HP2回復のヒーローパワーも2ダメージを与える効果に反転し、攻撃的なスタイルに変わります。

 正義のヒーローかと思いきや、実は卑劣な手も使う……いえ、それだけでなく、やっていることの非道さは全ヒーロー中随一であり、ハースストーンの11ヒーローで「一番嫌いなヒーローは?」とアンケートをとれば、おそらくトップになるのはアンドゥインでしょう。

 それでは、アンドゥインによる悪辣で卑劣な手管の一部をご覧ください。
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 敵のミニオンの精神を操り、自分の手駒にしてしまいます。
 コストは重いですが、敵の大型ミニオン(モンスター)の脅威を無条件で除去できるだけでなく、それをそっくりそのまま自分のものにしてしまいます。将棋でいえば、相手の飛車を180度回して自分の飛車にしてしまうようなものです。
 デッキの主力になる強力なミニオンをそっくりそのまま奪われて逆利用されてしまう不快感はかなり強く、更にアンドゥインのエモート(感情表現)で「感謝します。」と言われてしまったからには、スマホを投げつけたくなるプレイヤーも少なくないでしょう。
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 相手の手札のうち3枚をランダムにのぞき見し、1枚をコピーして自分の手札に加えます。
 更に相手のデッキ(山札)も同様に3枚見て1枚選び、それをコピーして手に入れます。
 どのカードを見たか、どのカードを選んだかは相手からは分かりません。
 相手の手札と山札を3枚ずつ確認できるため、情報戦で有利に立てるうえ、状況に応じたカードを手に入れられる可能性もあります。現物はなくなりませんが、疑似的に相手の手札やデッキからカードを引くようなものです。
 これが、相手からすると「手札やデッキを覗かれている」という不快感があるうえ、コピーしたカードで戦況を覆されると「人から盗んだカードで好き勝手やりやがって」となって更に不快です。
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 1ターンの間だけ、相手と自分の手札・デッキを全て入れ替えます。
 相手が手札で大事にあたためていた最強のカードも、必殺のコンボに使うための重要なカードも、何もかもが使い放題です。逆に相手も自分の手札を使い放題なので、自分の手札の大事なカードも使われてしまいます。
 「ハマれば」極めて強力な効果です。特にコンボデッキが相手の場合、コンボをするために必要なカードを投げ捨てればそれだけで勝てます。
 ただ、扱いはとても難しく、手札から使用した場合の平均勝率は40%という統計データがあります。それまでの相手の動きから「いま使うと効果的に作用する」というのを読み切って使う必要がありますが、容易なことではないですし、自分の手札を相手に与えてしまうデメリットもあるので、テキトーに使って強いカードではありません。
 とはいえ、言うまでもないですが、上手く使われるとはらわたが煮えくり返るカードです。手札に抱えたカードで勝利を目指すというのはカードゲームの原理原則であり、それを1ターンだけとはいえ全部奪われたうえ好き放題使われるという不快感は筆舌に尽くしがたいものがあります。ちなみにイルシアを使って勝つ側は最高に気持ちがいいです。

 なぜこんなに非道なのか?
 それはおそらく、プリーストの「宗教者」としての一面を示しています。
 カルト宗教をイメージしてください。「精神支配」して信者にしてしまう、「なりすまし」で友達になったフリをして近づいてきて無理やり布教する、「精神与奪者イルシア」は相手が元々持っていた考えを奪い取って自分たちの教義を押し付ける、みたいな感じでしょうか。
 相手のカードをコピーするので、よく「聖職者じゃなくて盗賊だろ」と言われていたりもしますが、相手の考えを抜き取るというのが、おそらくは「洗脳」を意図しているのではないかと思います。思考を置き換えるためには思考を読む必要がある、ということでしょう。
 断っておきますが、宗教が全部悪いという意図はありません。ただ、「闇落ちした聖職者」という描写を考えるにあたって、カルト宗教っぽさが出てくるというのもある種自然ではないでしょうか。
 ただ、これらの要素はプリーストが得意なコントロールデッキ(回復や除去で長期戦をする、耐久型のデッキ)をするにあたって強力なんですよね。相手の手札を覗いて作戦を立てる、相手の手札を奪って消費する、相手の大型ミニオンを除去するだけでなく自分のものにしてしまう……等々です。
 速攻デッキで相手を叩き潰したい!という方にとっては腹立たしいことかもしれませんが、相手の攻撃を受け流して情報戦で優位に立って……という、じっくり知略で戦うようなスタイルが好きな人には、アンドゥインは合っていると思います。

 また、アンドゥインはエモート(感情表現)の切れ味……というか、煽り性能も話題になります。

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 ごく普通の感謝エモートです。
 他のキャラでも「感謝する。」「ありがとう。」等があり、アンドゥインも別に声色が煽っているとか、そういうことはありません。ただ、そもそも対戦中にお礼を言うという行動自体が半ば煽りなうえ、上記のように悪辣非道なことをした後に放たれる「感謝します。」は、どんな言葉よりも煽りに聞こえます。
 あまりにも煽りに使われるので、まだ何もやりとりしていない対戦開始時の「感謝します。」ですら「(僕の手札は最強なので、これは僕の勝ちですね。僕に勝利を献上してくれる哀れな弱者のあなたに)感謝します」くらいに聞こえてきます。
 言葉というのは不思議なもので、いかに字面が綺麗でも文脈や話し手次第で意味が変わってしまうんですよね。「おたくのお子さん、5歳ですって?かわいい盛りですねえ」という台詞も、人のいい親戚のおばさんに言われれば悪い意味はない印象ですが、「金を出せ」と言いながらナイフを見せてきた恐喝犯に言われれば「俺はお前の子供のことも知ってるぞ、金をよこさなかったら……分かるな?」という脅迫になりますからね。

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 感嘆エモートです。
 他のキャラでは「すごい!」「素晴らしい!」等ですが、アンドゥインはそれを感嘆の声で表現しています。ただ、アンドゥインの普段の行動が悪辣なので素直な称賛には聞こえず、相手のまぬけな行動に芝居がかって感嘆してみせる強烈な煽りか、あるいは「わぁっ…」が称賛を通り越して「ドン引き」して漏れた声に聞こえます。
 そういうわけで、相手からすると「わぁっ…(こんなバカがいるなんて!)」とか「わぁっ…(マヌケすぎて逆に感激しました!)」とか「わぁっ…(うわ、ここまで頭悪いの?かわいそう…)」といったふうに聞こえています。これはわたし個人のパラノイアとかではなく、ファンサイトや公式ですらよくネタにされる、アンドゥインの象徴的なエモートです。

 そんなアンドゥインですが、わたしはプリーストのコントロールデッキが好きですし、アンドゥインの卑劣で悪辣な戦い方もわりと楽しんでいるので(やる側は楽しいので……)、ハースストーンを始めて間もない頃から、ずっとアンドゥインを推しています。
 最近は泥棒要素をローグに一部取られていたり、相手の攻め手が尽きるまでじっくりコントロールするデッキがちょっと活躍しにくい環境になっていたりもすることもありますが、わたしはずっとプリーストを、アンドゥインを応援しています。がんばれアンドゥイン、負けるなアンドゥイン。
 そして、これを読んでいる皆さんも、もしハースストーンを遊んだ時は、アンドゥインを使ってみてください。
 アンドゥインの活躍に感謝します。

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